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発色の美しさに魅せられ、漆蒔という独特な技法を駆使した
作品づくりを続ける 陶芸家 徳田吉美さん

2017年3月24日

“発色の美しさに魅せられ、漆蒔という独特な技法を駆使した作品づくりを続ける 陶芸家 徳田吉美さん

今年3月で10周年を迎える東京ミッドタウンのWISE・WISE tools店。
その10周年を記念する作品を作っていただくことになったひとり、陶芸家の徳田吉美さん。
その作品は、鮮やかな色がパッと目に飛び込んでくる軽やかな焼き物で、
見る人を一瞬にして惹きつける魅力を持っています。
今回、岐阜県多治見市にある工房にお邪魔し、漆蒔(うるしまき)の技法に
魅せられた徳田さんの製作にまつわる様々なお話を伺ってきました。


漆蒔(うるしまき)とは
「明治から昭和40年頃まで、多治見には多くの漆蒔上絵職人がいましたが、簡易な転写紙の開発により、経済効率の悪い漆蒔技法は廃れてしまいました。
本焼成後の焼き物に、テレピンオイルでゆるめた漆を塗り、その漆の粘着力を利用して絵の具を定着させます。漆自体は、その後の焼成により燃えて無くなります。
確かに少々手間はかかりますが、本当にきれいな発色が可能です。」
(徳田吉美さんのホームページhttp://tokudayoshimi.com/urushi/index.htmlより)


徳田吉美さん 略歴

愛知県立旭丘高校美術科卒業。
武蔵野美術大学短期大学美術科油絵専攻卒業後、同研究室に勤務。
学生時代のカリキュラムに焼き物があり、興味を持つ。
その後、東京にてギャラリー、デザイン事務所、TV、雑誌、広告美術の仕事に15年ほど就く。
働きながら絵画やオブジェを発表するが、たまたま住んだアパート敷地内に窯があり(東京国分寺、児島善三郎邸・松籟窯)、1990年頃から自分の食器などを作り始める。
生き方を深く考えさせられる出来事に遭遇し、岐阜県立多治見工業高校専攻科にて焼き物を再び学び直す。
在学中、多治見市山吹町StudioMAVO内に工房を構える。
2001年に卒業、窯を購入しStudio TOKUDA設立、現在に至る。
2002年より認知症の方への焼き物指導を続ける。
2016年 名古屋市美術館「ポジション2016 アートとクラフトの蜜月」に参加。
2016年 漆蒔作品を、美濃陶芸永年保存作品に選定していただく。




徳田さんから見た漆蒔技法の作品の魅力
徳田吉美さんの漆蒔技法の器

――:
徳田さんが感じている漆蒔(うるしまき)の魅力はどんなところですか?
徳田:
色がとにかくきれい。
他にも上絵付けってあるんだけど、どうしても色のトーンが落ちるの。きれいなんだけど、なんていうんだろう、これだけ鮮やかな色が出るものはないのね。もちろん転写紙とかはあるんだけど。

漆蒔は、絵の具の粉を付けるのに漆を使っていて、漆を塗ると表面張力で筆跡がなくなるんだけど、ちょっと揺らぎが残るのね。
だから、どこか濃淡が残って、揺らぎがあって。
鮮やかなんだけど、なんか哀愁があるような、独特の艶と色の深み。
これは漆蒔じゃないと出せないから、それは面白いと思う。
私やっぱり色とか好きだから。
――:
色に惹かれるのは、もともと美大で絵を専攻されていたから?
徳田:
そう、私は具体的な花とかあんまり描かないんですけど、やっぱりストライプとかは永遠じゃないですか。どれだけでもパターンがあるし。
そっちの方に魅力を感じるし、具体的なものを描くよりも、やっぱり色とシンプルな形で、なにかモダンに出来たらいいなと思ってやっています。

(漆蒔は)ほんとに色がきれい、独特ですね。
こんなにきれいな色は焼き物では他にないから。

だけど(作るのは)大変。でも大変とは見せたくないっていうこの変な心理があって(笑)


友達から掛けられた、徳田さんの作品への嬉しい言葉
――:
ほんとうに、見た目が軽やかですよね。ぱっと鮮やかな色が目に飛び込んできます。
徳田:
デザイナーの友達のひとりが、これはもちろん漆蒔の(大変な)製作工程を知ってる子で、
「しかし徳田さんの(作品)は、ほんとにパパパッて作ったように見えるよね」って言ってくれることがあって。
それはね、嬉しいんですよ。

こんなに大変ですよ、っていうふうには見せたくないんです。
だから、白鳥が水面下で足をもがいているのと一緒で、出来上がった作品は、軽やかでいたい。
だから、工程は本当に大変だけど、サササッて作ったように見えるっていうのは、褒め言葉だと思うんですよ。

だけど実はすっごく大変で(笑)
でもこれは、やったことのある人でないとわからなくて。
だからやったことのある職人のおじいさんとかに会うと、嬉しくなる。
――:
お互いに大変さがわかるから?
徳田:
そう、わかるから、ほんとに!
徳田吉美さんの漆蒔技法の器


美術館で初めて見た、100年くらい前の職人が作った「漆蒔」
徳田:
私、自分以外の漆蒔って見たことがなくって。
多治見の職人さんたちが作っていた昔の安い雑器っていうのは残ってないんです。写真でも見たことがないんですよ。

それで、2013年に開催された岐阜県現代陶芸美術館での『オールド大倉の世界展』で初めて、大倉陶園という会社の、100年くらい前の職人さんたちが作った戦前の頃の品を見ることが出来て。

すごく不思議だったのは、その当時の大倉陶園の漆蒔は、もう皇室向けの引き出物とかに使われてるの。
一方、多治見の漆蒔っていうのは、ものすごく安い雑器に使われてたの。
だから、切って貼ればパッと色が出る転写紙っていうシートが出来てからは、それに変わっちゃったわけですよ。

美術館の学芸員さんの一人が調べてくれておっしゃるには、もともと中国の清朝の時代に、すっごく鮮やかな焼き物が流行ったらしいんですよ。
それを日本で真似したいからと、おそらく、日本の漆器に漆で絵を描いてそこに金粉を蒔く「蒔絵」があるじゃない、あの蒔絵の技法をどこかで誰かが利用して、この漆蒔を初めてやったんではないか、っていうところまでは推測できると。
でもそれがなぜ、多治見にはものすごく安い雑器として伝わって、なぜ大倉陶園には秘伝の技といって、高級な皇室向けの引き出物とかに使われるようになったかは、すごく謎だと。


漆蒔の色の美しさに魅せられた職人へ想いを重ねて
徳田:
『オールド大倉の世界展』で初めて自分以外の漆蒔を見たときに、「うん??」と思って。
どうして私のがここにあるんだろうって、思ったの。

なぜかというと、(徳田さんのストライプ模様の器と同じように)縦縞の模様で作られてたのね。

漆蒔って鮮やかな色が出るのが特徴で、白との対比がすごくきれいだから。
時代は100年違うけど、その時代のデザイナーさんもやっぱりそうやって、白との対比を生かすには、こういうストライプとかがきれいなんじゃないかって思って作ったのかなって。

なんか本当に嬉しくて、そこで泣きましたよ、涙が出た。
きっと苦労したんだろうなって思って。

オールド大倉のその時代は、経営者の方たちが「良きが上にも良きものを」という想いで、どれだけお金を使ってもいいから良いものを作るっていってた夢のような時代だったらしい。
だから、全面お皿が真っ黄色の漆蒔とか、もうやっている人からしたら、どれだけ大変かがわかるんですよ。 しかも黒い縁取りがある。どうやってやったんだろうって。
(黄色の漆蒔を施した部分に)ちょっとでも黒い粉が飛んだらダメだし。

今でもやっぱり、大倉陶園が出しているカップ&ソーサーは全面ピンクの漆蒔とかがあるんですよ。
ものすごく(漆蒔を施す)面積が大きいから、相当大変だと思う。

それから、偶然だけど、私の知っているガラス作家さんが、「徳田さん、僕ね、漆蒔の大倉陶園さんでね、バイトしたことがある」って。
――:
うわぁ〜、すごい偶然ですね!
徳田:
そう、偶然も偶然で、マスキングのバイトをしてたっていうんですよ。
その彼から、塵が飛ばないように防塵と、湿度管理のある部屋でやってるよって。
湿度をちゃんと管理してる。器のものすごく広い面積に漆蒔をやるからそうじゃなきゃ無理。

少しずつそうやって、わかってきたの。
で、だんだん物語がわかってきたら、だんだん可愛くなってきて。
本当にいろんな人に助けてもらって、綱渡りみたいにして、漆蒔の作品が出来るようになったんですよ。


“わからない”から知りたい! 「漆蒔」の技法との出会いは焼き物学校で。
徳田吉美さんの漆蒔技法の道具・材料

徳田:
漆蒔の技法は本当に難しくて。
材料や天候でも違ってくるからレシピもないし、失敗しながら覚えていくしかないから。

漆蒔職人のおじいさんに初めてお会いした時に、「あんた、ようこんな一人でやってきたなぁ」って。
お話を伺ったときも、「昔は漆蒔の職人は、3年は使い物にならんとよくいったもんだ」という風におっしゃってたのがよくわかりました。

私も本当に、最初3年くらいは訳が分からなかったし、教えてもらう人もいなかったから。

私は40歳過ぎてから、多治見の焼き物学校にあらためてちょこっとだけ行ったので。
そこで、ほんのちょっと教わったんですよ、漆でこうやって絵の具を付ける技法があると。

でもそれ、教えてくださった先生も、授業で教えるために聞いてきただけで、先生自体もよく知らないって。そういう状況だったんですよね。

絵付けには、九谷や染付とか転写紙も面白いことができるし、いろんな上絵の技法があったから、いっぱいやったんですけど、結局漆蒔だけわからなかったの。

それで、漆を買おうと思って絵の具屋さんに行ったらなくて。
で、えっ!?と思って、何で売ってないんだろうってところから、とりあえず東急ハンズに行って、学校でなんか黒いのを使ってたと思いながら買ってきて。
最初、それを使ってパレットみたいに色見本を作ろうと思ったら、全然色が出ないし。
なんで?と思いながら、きれいな色が出る漆を見つけるまでに、1年ぐらいかかった。
――:
漆を見つけるだけで1年も!?
徳田:
そう、でも私も何も知らなかったから。
実は、多治見には上絵組合っていうのがあるんですよ。今でも細々とやっている。
そこへいけば、漆じゃなくてカシューっていう代用漆、そういうのは売ってたみたいです。
でも、私はそんな存在すら知らなくて。

まあ、どっちにしろ、自分でやっていくしかなかったから、それでよかったのかなって思うんですけど。ほんとに何も知らなかった。
――:
知らないからやりたいと思えた?
徳田:
そう、知りたかったんですよね。わからないから。
もちろん、特別そればっかりやっていたわけではなく、他のものもやっていたんだけど。
なんで漆蒔は出来ないのかな〜って思いながら。

なんでそこまで一所懸命出来ちゃったのかは自分でもよくわからないんだけど。
でも、わからなかったから、わかりたかったんだろうね。

それでやっていくうちに、漆蒔っていうものが一体どういう存在のものであったかということも、少しずつわかってきて。

だんだん(漆蒔を)やっていくうちに、いろんな人が助けてくださって、ちょっとずつ話を聞いたのがつながっていったりして。

本当に偶然で、東京ドームのテーブルウェアイベントで多治見市の出店を取り仕切ってくれたデザイナーの方と知り合ったり。
その方が漆蒔の職人さんに会わせてくれたり。

その職人さんに会ったら、私が執拗にくいついて離れないものだから、そんなにいうなら家に一度遊びにおいでと言ってくれて、道具を作って待っててくれたりとか。

それでも全然知識がないから、美術館の方にもお話を聞いたりして、ちょっとずつわかってきたけど、今でもまだ、わからないことがいっぱいある。
やればやるほど漆蒔は難しくて、いつまで経っても難しいです、本当に難しい。
年々入手が難しくなっている材料や道具
徳田吉美さん工房内の室に並べられた製作途中の器

徳田:
例えば、漆をどれくらいの濃度で溶くかについても、この赤の絵の具だったらこれくらいの量が必要とか、絵の具の色によって違うんですよ。
それに絵の具のメーカーによっても違っちゃうし。
まして、最近、絵の具をもう作らなくなってきたところもあるみたいだし。

それに釉薬もどんどん材料がなくなってきちゃってるんですよ。
だから、この釉薬の感覚も違ってきちゃってるんです。

私の作品はツルツルではなくマットだから、このシボでざらっとしているのが少しでも変わってきちゃうと、漆への絵の具のくい付きが違ってきちゃうんですよ。絵の具の粒子の荒いやつがくっつきにくくなっちゃったりとか。ちょうど、赤い絵の具がそうなんですよ。
ほんとに次から次へと問題が出てきちゃう。
――:
じゃあ、同じものを作ってと言われてもなかなか・・?
徳田:
うん。もちろん、ぱっと見わからないくらい、一所懸命違う材料でテストしながらやっていますけど、でもちょっとずつ変わってますよね、自然のものだから。
もう本当に、粘土もなくなっちゃったし、釉薬の材料なんかも大変ですよ。

そう、だから漆蒔とはまた別の話で、焼き物の本体そのものは今、大転換期というか、皆結構困ってます。
同級生に粘土屋の子がいるんですけど、彼も一昨年くらいから、「あと10年くらいは大丈夫かと思ってたけど、とうとう来たね」と。
だから「もし場所さえあれば、そんなに粘土は高くないから、あるだけ買っておくとか、そういうのも防衛手段だよ」って。
まあ、しょうがないよね、あるものでやってくしかないから。
――:
入手しにくくなっているのは、材料自体が減ってきているから?
徳田:
ううん、違うの。
結局、日本の窯業が廃れてきているの。大量に作っていた大手のところが、安価な中国産に需要を持っていかれたりとか。
そういう大量に作るところがあるから、大量に卸す材料屋さんがあったわけですよ。
だけど、もう高齢になったりとか商売にならなくなってきたりとかで、今も掘れば資源としてはまだあるんだけど、閉店しちゃう。
私たちは、そういう大手がたくさん使っている材料の一部を買って使えているものだから。


試作のテストピース

――:
新しい材料での試作はものすごくされているんですか?
徳田:
こういうのはちょっとずつ試してやらないとダメなんですよ。
だから、窯を焚くときに次のテストピースを作ってちょっと入れて。

焼き物って縮むんですよ。それで、どういう感じになるのかっていうのと一緒に、縮む収縮度を測るんです。
たくさんの数を作るときは、トンボっていう道具で器の深さや口径を測って、同じサイズのものを作る。
これもだから全部収縮率を計算して、自分でこういう道具を作るんですよ。

だから作品を作ろうとすると、あ、道具がってなるから、永遠に時間がかかる(笑)
でも道具は大事だから。
徳田吉美さんが焼き物づくりで使う道具

漆蒔上絵の工程の一部を見せていただきました!

徳田さんの作品作りの大まかな流れ

『私の仕事は、漆蒔の場合この順番で進みます。
生地制作→乾燥→素焼き→磨き→施釉→施釉そうじ→
本焼き→漆蒔→窯→銀彩→窯→磨き→仕上げ→梱包→お疲れ山〜◎
ほんとはもろもろ「 → 」んとこの仕事が、大事だったりします。』
(徳田吉美さんブログ http://studiotoku.exblog.jp/21940867/ より)


――:
(本焼き後の器を見せて頂き)ここから絵付けをしていくのですか?
徳田:
そう。皆はここで終わるんですよ。
だけど、私はここからが結構大変なんです。だから、時間がないんですよ(笑)
――:
まだ全工程の半分くらい?
徳田:
そう、ここから失敗する可能性もあるし。だからほんとに大変なんです。
漆蒔やってみましょうか?
――:
見せていただいてもいいですか?


漆蒔の工程 器の絵の具を付ける部分に鉛筆でアタリをつけていきます。

徳田:
うん。まず真っ白に焼きあがったら、膠(にかわ)を薄めたやつを塗るの。
そうすると、図解的に言うと、表面が真っすぐのところが、膠を塗ると、こう凸凹になるんだって。
そうすると、漆を塗ったりするとくい付きがよくなる。

それがね、九谷焼きの上絵の人たちとかも一緒で。
例えば手に油がついてたりして、器に指紋がピッてついちゃったりすると、漆を塗っても弾いちゃったりするわけ。そういうのを防止するために、ガーゼで器の中も外も全部膠を薄めて塗る。

乾いたら、(模様を器に描くための)ゲージが作ってあるので、鉛筆でアタリを付けていく。
鉛筆の線は窯で焼くとなくなっちゃうから、全然大丈夫。


徳田さんが漆蒔職人のおじいさんから頂いた道具

――:
これがさきほどお聞きした職人さんに頂いた道具?
徳田:
そう。横の釘にも意味があって。この板を箱みたいなところに載せるんだって。それで、ここはローラーをかける為にある。その釘もちゃんと付いてきたの!
――:
やっぱりあると違いますか?
徳田:
うん、これまではただのガラス板でやっていたから、違うというか、嬉しい、やっぱり。
ガラスもだいぶ傷んできちゃったんだけど、ガラス自体も、おじいさん曰く、車のフロントグラスかな、なんかがいいんだとか、一応職人さんたち皆ちゃんとこだわりがあるみたい。


こっちはね、筆を菜種油に浸けて置いてあるのね。菜種油は揮発性がないから。
そうしないと、筆が乾いちゃうと漆の場合はダメになっちゃうのね、一発で。
――:
じゃあ、使わないときは常に浸けておく?
徳田:
うん、湿らせた状態でないとダメなのね。
それはね、漆屋のおじさんが教えてくれた。
――:
違う油にすると勝手が変わっちゃうんですか?
徳田:
テレピンオイルってあるんだけど、それは揮発しちゃうの。
私はずっとテレピンオイルしか使っていなかったら、筆が結構、傷みが早くて。それで、テレピンじゃダメだって。

湿らせておくっていうのは聞いてたんだけど、菜種油が揮発しないってことは知らなかったのね。
だから、ほんとにいろんな人がちょっとずつ教えてくださって。


で、漆をガラス板に出します。こんな色なんです。


漆蒔の工程 漆を薄めたものを器に塗っていきます。

――:
へぇ〜。黒いんですね。
徳田:
そう、きれいな色でしょ。これはね、箔を貼る為の漆らしいんだけど。
――:
あ、金箔とかを?
徳田:
そう、そうしたらこれ(漆)を、揮発する方のテレピンオイルで緩めていきます。
――:
その緩め具合がまた難しい?
徳田:
うん、季節によっても違うし。
漆って湿度で乾くのね。だから、梅雨明け前の蒸し暑いときなんかはあっという間に乾くの。
――:
乾燥してる時の方がいいんですか?
徳田:
ううん、漆にとっては、乾燥してるより、湿度があるときに乾く。
――:
うわぁ〜、ややこしいですね!
徳田:
ややこしいでしょ、湿度がないと乾かない。
だから、漆の作家さんたちなんかは、こういう室(むろ)っていうらしいけど、中を一定の湿度に保ちながら、湿度たっぷりにして、そこで乾かすらしい。

それで、色を付けるところにこうやって(漆を)塗っていく。
塗ると筆跡があるんだけど、ちょっと時間が経つとそれがなくなってくるのね、表面張力で。
それで、これでちょっと待つ。
筆はね、すぐに(油に)浸けておかないとダメになっちゃう。
――:
そういうことも、ひとつひとつ試行錯誤しながら?
徳田:
そう、もう失敗しながらだね。
だから、菜種油なんか使いだしたのはまだここ1年。
筆は、職人のおじいさんに会わせて頂いてから、私がいつも使っている筆を持っていったら、「なんちゅう筆使ってやっとんじゃ」って笑われて(笑)。で、筆を教えてくださって。
そのあと、漆を補充しに買いに行ったときに、筆の手入れを教わったら、「菜種油は揮発しないから菜種油に浸けておくといい」と。
こうやっておけば、ずっと湿ってるからカチカチにならない。やっぱり長く使いたいじゃない?


さて、これで漆が塗れました。
で、これが絵の具です。


漆蒔の工程 器に絵の具の粉を付けていきます。

――:
今手に持っていらっしゃるのは?
徳田:
綿です。ある程度綿で付けたら、後は私は指でキュキュキュキュッてすり込む感じ。
そうすると、すり込む手の感じでどれくらい絵の具が付いたかわかるの。
――:
すり込む絵の具の量によって色の濃さとか違うんですか?
徳田:
うん。色によって違う。
例えば赤が難しいんだけど、赤は結構たくさん入れないとダメで、オレンジは割とちょっとでいいのね。
黄色はどうかな、黄色も少しでいいかな。

それで、こうやって付けていくわけ。
このグリン(水色っぽい色)はね、粒子が細かいから、きれいな色がつく。だからほんとにちょっとでいい。

で、この塗った境目がぐちゃぐちゃじゃないですか。今からこれを、竹串でこうやるとエッジがきっちりとれるんですよ。全部こうやってきれいにお掃除するんです、ビシッと。
――:
これは時間が経たないうちに作業されるんですか?
徳田:
これはあんまり経っちゃうとダメだけど、割と1日後でも大丈夫。
一応こうやってとるけれど、最終的にもっときれいにガーゼとかでふき取る。だからめちゃめちゃ手間がかかっています。
こういうところのエッジが大切で、こういうところがきちっとしてないと。こういうところが大事。
――:
この作業をひとつひとつ、されているんですね!
徳田:
そう、やっているんです、こんなことを。
結構、目分量というか、一応アタリはつけてるけど、割と線はその時の状態に合わせながらやっていくから、真っすぐじゃなかったりもするけど、私がいいなと思うところでやっているから。
――:
感覚的にわかってきている感じ?
徳田:
そう、感覚的にやっちゃう。

竹串での掃除が終わったところで、今度はしっかり綿棒に水をつけてエッジをきれいにして、それからガーゼを浸したやつとかで、中も全部きれいに掃除してから、まず焼くんです。
それをやってから今度は銀彩の作業にいくんです。
――:
すごい! 大変な手間がかかる工程ですね。
徳田:
そうなんです。
――:
色を使えば使うほど、大変?
徳田:
う〜ん、だから、実は一番大変なのは横のストライプなんですよ。
縞の間がすごく細いでしょ? 絵の具をスッと塗ってるように見えるじゃない?でも、実は違うという。
工房にある窯のお話
徳田吉美さんの工房にある窯

徳田:
窯を焚いているときだけは、絶対に地震が来てほしくないなって思う。
だから、地震があると「あ〜っ、どっかで窯焚いてる人いたのかな〜」って思うよ。
――:
今までに(窯を焚いている最中に地震に)遭われたことは?
徳田:
ないない。あ、でも、すこ〜しのはあるよ、ほんのちょっと。だけど、生きた心地しないよね。


初窯の時に焼いた、馬の文字を逆さに描いた箸置き


徳田:
馬の絵とか、普通動物を描くときは左が頭になるじゃないですか。それを右を頭にするか、馬って漢字を逆転させて描いたものを、初めて窯を焚くときに入れるというのがあるのね。
それはなにか昔からのしきたりで、病気にならないっていうのがあって。

私も一番最初に窯を焚いたときに、最初の頃ワイス・ワイスさんにも卸してた箸置きがあるんだけど、それに「馬」っていう逆さ文字を描いたのを一番上に入れて。

それを、窯の後ろの窓辺に置いてある。
それで、窯を焚くときは、ちゃんとカップ(箸置きの左右にある小さなカップ)にお水を入れて、二礼二拍手一礼するよ、もう神頼みだもん。
――:
入れてしまったらもう、窯にお任せするしかない?
徳田:
もうほんっとに、神頼みだから。


徳田吉美さんとワイス・ワイス トゥールスとの出会い
徳田吉美さんとワイス・ワイスが出会うきっかけとなった作品 陶磁器のボタン

――:
徳田さんの作品をワイス・ワイス トゥールス店で扱わせて頂くことになったきっかけは?
徳田:
漆蒔が出来るようになった頃に、ボタンとかを作ってて、少しずつやりだしてたんですよ。
そしたら、ワイス・ワイスが六本木の東京ミッドタウンにお店を出すからって、長谷川さんたち(WISE・WISE tools店の立ち上げから携わっている弊社スタッフ)が、ここStudioMAVOへいらっしゃったんですよ。
(徳田さんの工房があるStudioMAVO内には、他にも複数の作家さんの工房があります。)

その頃もうここで世に出ていた作家さんがいたんで、共有の作品展示されている部屋にいらっしゃって。
その時私はいなかったんだけど、私のボタンが置いてあったのを、長谷川さんがパパパッと見て、「なにこのボタン可愛いじゃない」って、工房にいた男の子たちに、この人にここへ連絡するように言ってって名刺を渡してくれてたんですよ。

それで連絡したら、ミッドタウンにお店を出すから、もしよかったら、東京に来る予定でもあったら、なにか作品を持ってきてくださいって言ってくださって。
ちょうど行く予定があったから、割と持っていきやすい、ちょうど小さいチェックのお皿と小さいと杯と箸置きとね、ちょっと口のすぼまった水玉のカップを持っていったんですよ。

そしたら、じゃあ、これ30、これ30、これ40個ねって! 嬉しいじゃない?
とにかく頑張って作って。で、作ったんだけど、売れなかったらどうしよう〜っと思って。

そしたらある日、家に帰ったら、床にペロンて電話機のところにFAXが落ちてて、それが再注文だったの。
うわ、嬉しい〜っと思って、少しはちゃんと買ってくれる人がいたんだと思って。

で、しばらくすると、「ミッドタウンで見ました」って三越から連絡があったりとか。
また他のところからも連絡があって。あなたのが一番よかったわ、とかって。

だから私は、ほんとに、ワイス・ワイスさんで育ててもらったんですよ。

なんていうんだろう、私自身まだその時ね、漆蒔のことそんなに知らなかった。
出来るようにはなんとかなっていたけど。

本当に少しずつ、よくまあ10年も皆さんに、ねぇ、買っていただいてたというか。
なんだか感慨深いものがありますね。10年経ったのか〜みたいな。


焼き物を始められたきっかけ
徳田:
私は、結構年をとってから焼き物を始めたから。20年遅れの新人だから。
――:
その前はずっと絵を?
徳田:
油絵の専攻はしてましたけど、私たちの時代は油絵っていっても、こう人物描いたり、生物描いたりって時代じゃないから、もう全部抽象になってくる時代ですよ。抽象になにか貼りついたり、立体になったりインスタレーションになったり、もう現代美術。
それで、美大を出てから、自分でお金を貯めては個展したり。
――:
ギャラリーを借りたりして?
徳田:
そう。デザイン事務所で働いたり、ギャラリーに勤めたりしながら個展をやってて。
そのうち、すごく大きいギャラリーでの個展が決まって、アパートが狭かったから引っ越さないと作品が作れないと思って、国分寺に引っ越したの。

そしたら、そこは児島善三郎っていう日本の洋画界の重鎮のお孫さんが大家さんだったの。
お屋敷の大きな敷地の中になぜかアパートもあるんですよ。
丘の上アパートっていうんですけど、ほんとに坂の上、丘のてっぺんだったの。

広大なお屋敷のところにアパートもあり、一軒ぽつんと家もあり、真ん中にプレハブもあったんです。
そのプレハブがね、窯だったんですよ。結構大きなガス窯で。
それは、大家さんのご両親が焼き物が好きだったみたいで、どうもそれが残ってたんですよ。

それでしばらくするうちに、大家さんとすごく仲良くなって、「徳田さん、善三郎のアトリエで焼き物の教室やるけど、やる?」って。

美大のときに、私は油絵だったんだけど、なぜか教職をとった人には、焼き物の授業があって。
油絵科だったんだけど、薪窯があったんですよ。
そこで、教職をとる人には、土岐市ってところから卒業生のおじいさんが、3週間焼き物を教えに来るんですよ。
それが、ものすごく楽しかったの。

それは別に器を作るんじゃなくて、磁器と陶器で好きなものを作っていいんだけど。
私はたぶん、陶器はね、友達とお互いの顔を作ったんですよ。
磁器はね、蔵書印。そういうものを作る授業ですごく面白かったんですよ。
もちろん全部自分たちで焼くんですけど。

そんな記憶があったから、焼き物って面白いなって思ってたし、焼き物やりますって。
30歳くらいだったんですけど、その頃から、自分の食器を作り始めたんですよ。
――:
食器はどんな感じの?
徳田:
ロクロなんかまったくできないから、手びねりで。今でも使ってるよ、家で。
窯で焼くのは先生みたいな人がやってくれて、釉薬はもちろん市販のもので。
だけどやっぱり半磁器が好きで、半磁器土を使ってた。
――:
半磁器というのは?
徳田:
磁器と陶器の間の性質を持っているもの。土ものみたいにあまりザックリもしていなく、磁器のようにピチーッともしていない、ちょうど中間の。
お店でずっと扱っていただいてるカップとか、あれは全部、半磁器なんですよ。
――:
そうなんですか!
徳田:
でもその土が今、少しなくなっちゃったんで、磁器も始めたんですけど。

その焼き物教室が週に1回あって。それが楽しくて楽しくて。それがきっかけだったんですよ。

それでいろいろ作ってて、40歳になったときに、私一応結婚はしたんですけど、3年くらいで離婚したんですよ。
その頃はフリーランスでテレビとか広告とかのいろんな美術を作ってたのね。
だけど、40歳でフリーランスで、どうしようかなと思ったときに、う〜ん、なんか結構落ち込んだんだけど、あぁ、なぜか、焼き物やろうと思ったのね。

私、実家は名古屋なんですよ。それで、多治見に百草ってギャラリーがあって、そこのオーナーが美大の浪人時代からの仲間で仲がいいんだけど、「多治見に焼き物の学校があるぞ」って教えてくれて。
よくまあそんな決断したと思うんですけど、なんかちょっとリハビリがてら、じゃあ学校行こうって思って、それで実家に戻り、学校に行き始めたんですよ。
――:
それから焼き物を?
徳田:
本格的に。一から勉強しました。
造形的なことは全然別にあれなんですけど、でも、実際の釉薬のこととか、ロクロなんてやったことないし、運転免許も持ってないしさ。
もう何もかも、20年遅れ。免許も取らなきゃだし。

そしたら、学校に行き始めた年に父親が亡くなって。母はもうずいぶん前に亡くなってたんだけど。
で、どうしたものかと思って、学校は留年させてもらって。
父親が10月に亡くなったものだから、その次の4月に復帰するまでに、全部片付けて目途が立って。
それで本格的に勉強し始めて、なんかもう、やるしかない状況だったね。崖にぶら下がってるみたいな。
学校行ってるから、蓄えなんてどんどんなくなっていくし。まあ、普通はやりませんよね。
――:
すごく思いきった決断ですね。
徳田:
それで、なんとか少しずつ個展やったりしてた、ほんとに最初の頃に、ワイス・ワイスさんと出会って。
窯を買ったのが2001年だから、ほんとに3〜4年くらいでなんとか。
それこそ3年は使い物にならんって漆蒔の職人さんが言ってたけど、なんとかちょっとできるようになって、個展とかで発表するようになった頃だったんです。
だからすごく嬉しかったですよ。床の上に落ちてた再注文のFAXは今でも覚えてる。
――:
そうだったんですね。
徳田:
そんな買ってもらえるのかなってほんとに思った。
そしたら、すごく立派なところにお店があるから、いろんな方が見に来てくださって、いろんなところからそれをきっかけで声を掛けていただいたりとか。


15年続いている!デイサービスでの陶芸教室の活動
取材時に、徳田さんが撮り続けている、陶芸教室で生徒さんが作られたユニークで魅力的な作品たちの写真を見せて頂きました。
作品の一部は徳田さんのブログ http://studiotoku.exblog.jp/i8/ でも紹介されています。


徳田:
おじいさんおばあさんは、ほんとに自由な作品を作るから。
――:
ほんとに自由な発想なんですね!
徳田:
皆さん好きでやっている人もいっぱいいるから。
その人たちは、なんていうんだろう、格好良く作ろうとか全くないから、モノを作ることの原点をほんとにいつも教えてもらうって感じ。
ほんっとにいいものを作るから。
ビックリするくらい皆、上達していくんですよね。
――:
陶芸教室を始めて15年ということは、焼き物を始められた当初の頃から?
徳田:
そう、そのときはまだ暇だったから。百草のオーナーに「こういうの作りたいって言ってる人がいるけど、やってあげてくれる?」って言われて。
え〜っどうしよう、と思って。だけど暇だしやるかと思って行ったら工事してて、どうしたらいいんだろうと。
ヘラ1本から、何をいくつ買ったらいいんだろうというところから始まって、立ち上げました。
――:
立ち上げから!?
徳田:
最初から立ち上げました。最初は私が一人で教えて、窯だけ大村君(徳田さんの焼き物学校の同級生、陶芸家の大村 剛さん)にやってもらってたのかな、バイトとして。
そのうち、結構無我夢中でやってたから、どんどん生徒さんが増えてきて。
それで、皆さんにとって焼き物がとてもいいという風に施設側が認識してくれて。
徳田先生1人じゃ無理ですよねって言ってくれて、それでしっかり助手をつけてくれるようになって。
そうしているうちに、もう1個デイサービスを作りますって。
そっちは仲間に行ってもらって。だから、ほんとに不思議。
――:
大きな規模なんですね!
徳田:
そう、母体が病院だからね。だからもう、延べ人数にするとものすごい数のおじいさんおばあさんを教えてきてると思います。
今、一番上のおばあちゃんは102歳、すっごい元気!

もともと私は美術をやってきたから、私が世の中に貢献できることなんてそれぐらいしかないから。
モノを作ったりすることでおじいさんおばあさんたちがちょっとでも楽しかったり、お家との関係が仲良くなったり、そういうことが出来たらいいし。
私自身にも社会の窓口だから。よく続いてるなと思うけど。

まあ忙しくなると、いっぱいスタッフが育ってるから、代わってもらったり休ませてもらったりできるから、それもあって続けられますけど。

でも出来るときは、地道に写真は撮ってるんですよ、作品の。時々ブログに載せると皆喜ぶし。
――:
皆さんにとって楽しみの場になっているんですね。
徳田:
たぶん、各人いろんなことを抱えて暮らしているだろうけど、週に1回そこに来る時間を、とにかく楽しいと思ってもらえるようになればいいから。
モノを作ることでなにかそういうことに貢献出来たら、そう思ってやっています。


“作り手でもあり使い手でもある”という視点
工房の共有スペースに飾られた徳田吉美さんの作品

徳田:
モノづくりはやればやるほど、技術も上がるじゃないですか。こうすればもっと良くなるってわかる。
だから、余計時間がかかっていくっていう(笑)
妥協なんか絶対しないから、だから余計に時間がかかっちゃうんだと思うんですよ、それは皆そうだと思うんだけど。

そうやって思ったりしてしているものって、最終的に作ったものに出ると思うから、それがなにか伝われば。
私もそうだけど、好きなモノをひとつ買ってお家に置いたら、絶対そこからなにか変わってくるじゃない?その力を私は信じたいんですよ。

すごく曖昧だけど、それもひとつの美術の力だと思っているので。
もともと私は絵から始めたけど、焼き物も一緒だと思っているんですよ、一枚の絵があるのと。

なんか今日ちょっとへこんだなとか疲れたなと思っても、その作品を見るとか、焼き物だと特にそれで飲食したり触ったりすると思うんだけど、それで「ああ、今日も一日これでいっか、また頑張ろう」と思ってもらえたら、それは嬉しいじゃないですか。
そういうなにかささやかな役目ができていたら、そんなに嬉しいことはないなと。
――:
すごく素敵ですね!
徳田:
うん、でもそれは、私自身も作り手だけど、使い手でもあるから、一緒なんですよね。

着るものにしてもなんにしても、一緒だと思ってるんですよ。
作り手でもあるし使い手でもあるから、そういう想いでモノを使ってるし。

だから、私は焼き物は特にそうだけど、気に入ったものは、気になっちゃうと買えるものであれば頑張って買います。
そうすると、しばらくして何気なく見てると「おお、ここでこんなことしてこういうことしてたのか、なるほど!」って、買ったときはわからないんだけど、しばらくして、ああ、こうなってるのって、思うことがあったりする。それはすごく勇気づけられる。
その小さい引っかかりみたいなものはすごく大事なので、それは気にするようにしてる。

忙しくなったりすると大変だったりするけど、なるべくそうやって、引っかかるものを全部自分の中に入れておいて。
ある日それがつながって発酵して、それで自分が何を作るかが、自分自身が楽しいんですよ。
いったい私は何を作るんだろう、とか。

学校で「焼き物というのは岩石を再構築することである」という授業があって、その言葉がすごく面白くて。
私たちは柔らかい石をもう一度作っている、土から石にしている、ということはすごく面白いなと思って。
石なんですよ。火山が噴火して、溶岩が冷えて固まったのとほとんど一緒。それを自分で作っている。
そうやって考えるとすごく面白い。

だから、なにか行き詰まるときがあっても、俯瞰してみると、自分がやっていることも自然のものを使ってやっているわけで。
いつも心はニュートラルにしておいて、ちょっと俯瞰しながら、いろいろ興味のあるものに引っかかるようにして、やっていければいいなと思っています。





漆蒔の魅力や、焼き物づくりを通して出会った
素敵なエピソードをたくさん聞かせてくださった徳田さん。

その明るく気さくなお人柄が表れた魅力的な徳田さんの作品は、
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